VACHERON CONSTANTIN
2024年 3月7日

ヴァシュロン・コンスタンタン、大人の時計の嗜み
第五回

クッションケースに2針とスモールセコンドを備えたシンプルさにも関わらず、唯一無二の個性が際立つ。というのも文字盤が通常から斜めに傾いたティルトスタイルだからだ。「ヒストリーク・アメリカン 1921」は、ヴァシュロン・コンスタンタンが創業268年という長い歴史において発表してきた多くのタイムピースのなかでも出色といえるだろう。そのユニークなデザインは、メゾンが辿ってきた軌跡と繁栄を象徴するとともに、伝統的な時計作りへの革新と次世代に繋ぐ意志が込められている。だからこそ誕生から1世紀以上が経ったいまも魅力は色褪せないどころか、その輝きはひと際増すのである。

Text by : 柴田 充

時代を駆け抜けたドライバーズウォッチ/アメリカン 1921

ヴァシュロン・コンスタンタンの現行コレクションのひとつにヒストリークがある。これは、メゾンの歴史を彩った名作を復刻させたシリーズで、オリジナルのスタイルを蘇らせる一方、最新技術によって最良の品質と現代の実用性を備える。稀少なヴィンテージウォッチを日常使いするような醍醐味が味わえるのだ。これまでも「トレド 1951」や「アロンデ 1954」、「エクストラフラット 1955」はじめ、現在も「トリプルカレンダー 1942」や「コルヌ・ドゥ・ヴァッシュ 1955」をラインアップする。膨大なヘリテージの下、その価値を掘り下げ、現代のタイムピースとして蘇らせる名門ならではのコレクションだ。

「アメリカン 1921」は、2008年にこのヒストリークコレクションに加わった。モデル名に冠するように1921年の発表だが、じつは1919年に12本のプロトタイプが作られた。特徴であるクッションケースは変わらないものの、ティルトダイヤルは時計回りに傾けられ、太いローマ数字や存在感あるコブラ針などを用い、どこかミリタリーテイストを感じさせる。これを前身に完成した市販モデルでは、前述した文字盤の傾きは逆方向になり、針や数字もよりエレガントなスタイルに変えられた。
それもわずか数本の少量生産だったが、「アメリカン 1921」は当時大きな反響を呼んだ。高く支持したのは自動車愛好家で、理由はステアリングを握ったままでもティルトダイヤルはひと目で時刻が読み取れたからだ。アメリカでもいよいよモータリゼーションが幕を開け、富裕層や時代の先駆者たちが高級車を乗り回す中、同じく懐中時計に代わって普及し始めた腕時計でもとくに先進的なスタイルが熱い注目を集めたのである。

当時アメリカは狂騒の20年代と呼ばれ、『華麗なるギャツビー』でも描かれた空前の繁栄を謳歌していた。その中心地となったニューヨークこそメゾンが1832年にいち早く最初の拠点を構えた要衝であり、国を代表する政治家や多くの名士、文化人に愛用され、スイス高級時計の地位を確立したのだった。そこで培われた時代を映し出す感性とライフスタイルに応えるクリエーションは、伝統的なウォッチメイキングにも新たな息吹と前衛をもたらしたといえるだろう。

New York – Madison Avenue Flagship ヴァシュロン・コンスタンタン ブティック

時は巡り、2021年にニューヨーク旗艦店がオープンした際には、まさにこの年、誕生100周年を迎えたアメリカン 1921の一大プロジェクトが公開された。メゾンのレストレーション(修復)工房とヘリテージ(歴史遺産)部門を1年間に渡って動員し、1921年製造のオリジナルを完全復刻したのだ。作業は、アーカイブに唯一1本残されたオリジナルを分解し、ネジひとつに到るまですべてのパーツを計測。保有していたパーツ以外は、当時の資料をひも解き、工具も19世紀の年代ものを用いて作り直した。いずれも手作業で、時計師はその技法の修得から始め、とくに地板やブリッジ製造には700時間がかけられたという。その他、ギヨシェや青焼き針の当時の技法はもちろん、ケースのゴールドも同じ素材の配合で再現した。
こうして蘇った「ヒストリーク・アメリカン 1921」は、現存するヘリテージであると同時に、その時代に行なわれていた工程と作業を一切変えることなくできる手仕事の修得と技術の伝承に他ならない。それは、数世紀に渡って生み出してきた時計をすべて修復するためのマニュファクチュールとしての責任であり、さらにここで得た新たな知見を次世代に生かすためにも意義ある取り組みなのである。

現在「ヒストリーク・アメリカン 1921」は、ケースにホワイトとピンクの2種類のゴールド素材とそれぞれ40㎜と36.5㎜のサイズを展開する。オリジナルのデザインを踏襲しつつ、ティルトはそれとは逆の時計方向になり、1919年のプロトタイプと同じ向きになる。その理由については公式には明らかにされていない。内蔵するキャリバー4400 ASは、2008年に開発され、高い精度と信頼性を備え、約65時間のロングパワーリザーブは手巻き式でも実用性は高い。 この手巻き式ならではの薄さに加え、文字盤や針と風防のクリアランスを極限まで狭め、ケースの厚みを抑える。滑らかなカーブを描くボリューミーな存在感に対し、一体感あるドレッシーな着け心地が味わえるのだ。



アイアイイスズのヴァシュロン・コンスタンタン担当スタッフによると、自動車愛好家の多い同店でもとくにモーガンやケータハムのようなクラシックスポーツカー好きの顧客が注目するそうだ。愛用者はファッションへの関心も高く、上質なジャケットやニットといった落ち着いたスタイリングに合わせて着けられるとか。オーセンティックなドレスウォッチでありながら、ひと目見てヴァシュロン・コンスタンタンであることがわかり、洗練されたカーライフをイメージさせるスポーティな個性が虜にするのだろう。小振りなサイズは女性の腕にもアクティブに映える。他ブランドも含め、現在では稀少なドレスウォッチであり、まさにこれを腕にオープンカーでドライブに出かけたくなるのだ。

ヒストリーク・アメリカン 1921
82035/000R-9359

当時の愛用者の一人である牧師兼作家のサミュエル・パークス・キャッドマンは、講話時にさり気なく時間を読み取ったという。シースルーバック仕様でジュネーブ・シール取得の美しい仕上げが楽しめる。手巻き。18KPG(40mm)。3気圧防水。
価格:5,808,000円 税込

ヴァシュロン・コンスタンタン パビリオンで詳細を見る

ヒストリーク・アメリカン 1921
1100S/000G-B734

全体のバランスを崩すことなく、ダウンサイジングにより手首に合ったフィット感が味わえる。ムーブメントやケースバックの仕様は40㎜と共通。バーガンディカラーのストラップもエレガンスが漂う。手巻き。18KWG(36.5mm)。3気圧防水。
価格:4,796,000円 税込

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柴田 充 / Mitsuru Shibata

ライター/時計ジャーナリスト。コピーライター、編集者を経て、フリーランスライターに。広告制作や編集他、時計専門誌やメンズライフスタイル誌、デジタルマガジンなどで執筆中。




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