VACHERON CONSTANTIN
2023年 9月8日

ヴァシュロン・コンスタンタン、大人の時計の嗜み
第二回

タイトルにも掲げた“大人の時計の嗜み”とは何だろう。いまや時計は愛好家の趣味から、広く社会性を持ち、注目される対象になっていることはいうまでもない。実用道具やアクセサリーとしてだけでなく、着けている本人の好みやセンスを表し、時には人柄、職業や肩書きまでも暗示し、それこそ名刺代わりになる。だが誠実さや信頼感、好感を周囲に印象づける一方、逆効果になってしまう恐れもあり、それだけ重要なアイテムということだ。社会人ならば、これを意識し、むしろ積極的に生かすべきだろう。時計の“嗜み”とは、つまりはそういうことなのかもしれない。

Text by : 柴田 充

メゾンの美学が薫るフォーマル /「トラディショナル」

時計のタイプは、大きくはスポーツとドレスに分かれる。とりわけ後者のドレスウォッチは大人にとって基本スタイルであり、その代表的な1本に挙がるのがヴァシュロン・コンスタンタンの「トラディショナル」だ。前回紹介した「パトリモニー」と双璧をなすが、こちらは正統派クラシックのイメージが強く、ドレスウォッチでもよりフォーマルに近い。
「トラディショナル」は、2007年に当初「パトリモニー」コレクションのシリーズとして登場した。「パトリモニー」が1950年代以降のモダニズムをテーマにするのに対し、「トラディショナル」はそれ以前の1930〜50年代のスタイルをモチーフにしている。こうした明確な違いもあって2014年に分化し、単独のコレクションとして現在に至る。

トラディショナル・マニュアルワインディング 82172/000R-9382

デザインの特徴として、細身のベゼルを備えた端正なラウンドケースと、ネジ留めされた裏蓋にコインエッジの模様を施す。文字盤にはレイルウェイミニッツトラックが外周を囲み、“バトン・ド・ジュネーブ” 型のゴールド製アプライド・インデックスを配する。そしてシャープに山折りしたドーフィン針は、視認性に優れるばかりでなく、ミニマルなデザインに品格ある存在感を漂わせるのである。
本来、男性における“ドレス”が意味するのは、けっして飾り立てることではなく、シンプルを極め、むしろそぎ落とすことで生まれる美しさであり、タキシードのようなフォーマルウェアがドレスコードという厳密なルールに則り、目立ち過ぎないことを信条にする理由もそこにある。「トラディショナル」がフォーマルを感じさせる所以だ。

トラディショナル・マニュアルワインディング 82172/000R-9382

その佇まいからは、トレンドに左右されることなく時代を超越した様式美が伝わってくる。それも古典主義に偏重するのではなく、それこそタキシードにも共通する紳士の洒脱と艶っぽさが薫り立つのだ。それは1755年に創業した名門ヴァシュロン・コンスタンタンの風格なのだろう。多くの時計愛好家たちを魅了するのもうなずける。

そしてもうひとつ、「トラディショナル」には大きな特徴がある。多彩な機能とそれにふさわしいデザインのバリエーションだ。手巻き式の2針+スモールセコンドというベーシックの王道だけでなく、ムーンフェイズやコンプリートカレンダー、さらにパーペチュアルカレンダーやトゥールビヨンといった精緻なコンプリケーションを揃え、なかには前衛的なデザインのオープンフェイスや革新的なハイビート機構もある。まるで過去から現在、未来へと連綿と続く時計技術のショーケースを覗くかのように、培われてきたクラフトマンシップがそこに息づき、伝統と革新が融合するメゾンらしさとその矜持が強く伝わってくるのだ。

トラディショナル・コンプリートカレンダー 4010T/000R-B344
トラディショナル・ムーンフェイズ 83570/000R-9915

では「トラディショナル」は実際どのようなオーナーに愛用されているのか。アイアイイスズのヴァシュロン・コンスタンタン担当スタッフに訊ねたところ、「パトリモニー」に比べると年齢層はやや高く、長年時計に慣れ親しんできた愛好家が多いそうだ。そして気に入った点に挙がるのが程よいサイズ感という。とくに手巻きのケース径は38㎜で、シャツの袖にもすっきりと収まり、終日着けていてもストレスを感じさせない。とくにこうしたサイズに慣れた世代にとっては、それこそ気慣れたシャツのように着けられるのだろう。

女性にとってもフォーマルスタイルへの憧れは強いそうだ。あえて手巻きを選び、奥ゆかしい33㎜径にも特別な気品が漂う。そしてシンプルなフェイスに、ベゼルを取り巻くラウンドカットのダイヤモンドの耀きが優美に映える。さり気なさは普段使いでも違和感なく、日々使うことで気持ちの豊かさや華やぎをもたらしてくれる真のラグジュアリーだ。

トラディショナル・マニュアルワインディング 81590/000R-9847

いってみれば、「トラディショナル」は格式あるテーラードスーツのような存在なのかもしれない。海外のエグゼクティブに会うと、その出で立ちは長年つきあいのあるテーラーで仕立てたスーツを愛用している場合が多い。それは、どんなに人気のあるブランドであっても、それ以上に自身の体型や雰囲気に合った服こそが似合い、自分らしくいられることがわかっているからだ。たとえ派手さはなくても、むしろそうだからこそ飽きることなく、心身ともにリラックスした着心地に愛着は増し、長年着続けることができる。「トラディショナル」とはまさにそんな時計なのである。
それでも若い世代にとっては、ジュネーブの時計製造のドレスコードがちりばめられた正統派クラシックスタイルに気後れしてしまうかもしれない。しかしそれも着け続けることで自然に馴染んでくるのは間違いない。たとえ一朝一夕には難しくても、自分らしく着けこなすには早ければ早い方がいいということだ。


トラディショナル・マニュアルワインディング
82172/000R-9382

王道のデザインはゴールドでも目立ち過ぎす、大人の品格を醸し出す。搭載するキャリバー4400 ASは、4振動の高精度と65時間のパワーリザーブを備え、手巻きでも実用機能に遜色ない。手巻き。18KPG(直径38mm)。3気圧防水。
価格:3,388,000円 税込

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トラディショナル・マニュアルワインディング
81590/000G-9848

コレクションを象徴するスタイルに54個のダイヤモンドをセッティングし、風格の中にもラグジュアリーなフェミニンを感じさせる。手巻きならでは味わいに優雅な時が楽しめる。手巻き。18KWG(直径33mm)。3気圧防水。
価格:4,224,000 税込

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柴田 充 / Mitsuru Shibata

ライター/時計ジャーナリスト。コピーライター、編集者を経て、フリーランスライターに。広告制作や編集他、時計専門誌やメンズライフスタイル誌、デジタルマガジンなどで執筆中。