VACHERON CONSTANTIN
2023年 10月6日

ヴァシュロン・コンスタンタン、大人の時計の嗜み
第三回

幼い子供に時計の絵を描かせたら、まず大半は丸形になるに違いない。それだけ丸い形状は時計の普遍的な形であり、針が回転し時刻を表示するのにも最も理に叶っているのだろう。しかしそれに飽き足らないのが、滋味ある時計の世界である。今回取り上げる「マルタ」はそうした味わいに溢れる。丸とも角とも異なり、それぞれの魅力をいいとこ取りし、新たな個性を演出する。ユニークでありながらもクラシックな品格漂うエレガンスは、きわめてヴァシュロン・コンスタンタンらしい。さらにコレクション名にはメゾンの精神が込められているのもポイントだ。時代を超越し、他とは被らない美しきフォルムに名門の真髄が堪能できるのだ。

Text by : 柴田 充

流麗なフォルムに際立つクラシシズム /「マルタ」

ヴァシュロン・コンスタンタンがトノー形ケースを初めて採用したのは1912年のことだ。当時それまでの封建勢力に代わり、新興ブルジョワジーが台頭し、その新たな価値観とライフスタイルを象徴するひとつが腕時計だった。懐中時計からの脱却により、ケースも円形に縛られなくなったり、いわばトノー形は新世代の自由の証だったのだ。

丸と角を融合した耽美的なフォルムには、時代の先端をいく芸術様式の影響も見られる。19世紀末に登場したアール・ヌーヴォーだ。デザインは、水の流れやつる草、女性の髪のうねりといった生命力を感じさせる有機的な曲線を特徴にする。背景には、産業革命以降の社会の工業化や機械化に対する反動と、繊細な手作りや自然への回帰があり、贅を凝らした優美なスタイルは華麗な宝飾品と同等に受け入れられたのである。現在、多くの名門時計ブランドがクラシックなドレスウォッチの首座にトノー形を格付けるのもこうした理由からだ。

メゾンの歴史においてもトノー形は数多くのバリエーションが生まれ、伝統的な複雑機構が組み合わされてきた。たとえばトゥールビヨンにしても。丸に比べて縦に拡張した文字盤にバランスよく収まっている。近年トノー形は2000年に発売された「マルタ」コレクションのバリエーションに位置づけられた後、誕生から1世紀となる2012年にリニューアルとともに「マルタ」はトノー形の単一コレクションになった。

一般的なトノー形のイメージに対し、「マルタ」はケースのフォルムがより絞った独特のカーブになり、オリジナリティを感じさせる。放射状にあしらったバーインデックスに12と6の位置にはローマ数字でメリハリをつけ、伸びやかな文字盤を演出する。さらに中心軸とケース下端の中間に整然とレイアウトしたスモールセコンドが、古典的な様式美にも幾何学的なモダニティを漂わせるのだ。個性的なフォルムだからこそ、文字盤はこうしたシンプルな表現に抑え、絶妙なバランスによって美しいハーモニーが生まれる。複雑機構にも匹敵する難易度の高いデザインワークだ。

もうひとつ、このコレクションに付けられた「マルタ」という名にも注目したい。それはメゾンを象徴するマルタ十字に由来するのはいうまでもない。
資料によると、1879年の保護法制定でヴァシュロン・コンスタンタンは商標登録の必要に迫られた。当時メゾンの名はすでに名声を得ており、ロゴもこれに代わるものではなく、その価値を補完する位置づけとして「正確さ」を表現したいと考えた。そこで注目したのが、ムーブメントの香箱に備わった巻き止め装置だ。それはふたつの歯車からなり、ゼンマイがフルに巻き上った状態と完全にほどける状態を制御し、トルクの安定した領域のみを使うことで精度につなげる。この歯車のひとつの形状がまさにマルタ十字を想起させ、これを正確さのシンボルとして図案化したのである。こうして完成したマルタ十字のロゴは翌1880年に正式に登録された。当初このマルタ十字をメゾンの名で囲むようにレイアウトしたが、1939年以降、現代につながるよりシンプルなデザインになっている。

時計の精度の要である歯車のモチーフは、マルタ十字とともにこれを象徴に掲げた聖ヨハネ騎士団、いわゆるマルタ騎士団の姿にも重なったのかもしれない。オスマン帝国の侵攻からロードス島を一時は守り、本拠地マルタ島でも聖戦に勝利し、歴史に名を残す。
以前プライベートでこのマルタ島に訪れたことがある。地中海に浮かぶ、世界遺産にもなる風光明媚な島だが、城壁に囲まれた旧市街は至る所にかつての要衝の面影をいまも残していた。騎士団の勇敢さや不屈の精神が伝わってくる一方、簡素な外観とは裏腹に大聖堂や宮殿は壮麗な空間が広がり、多国籍からなる騎士たちの異文化が融合した栄華と品格に圧倒された。「マルタ」と名付けられた時計はそんな中世の記憶を呼び覚ます。

では時計好きは「マルタ」コレクションのどこに関心を示すのか。アイアイイスズのヴァシュロンコン・スタンタン担当スタッフによると、やはりフォルムへの憧憬なのだそうだ。丸型や角型の時計をすでに所有し、人とは異なる個性を求めつつ、単なる斬新さやユニークさではなく、メッセージがあるもの。そんな時計を求める方が「マルタ」に注目するという。そこにはヴァシュロン・コンスタンタンならではの美学が宿る。
美しい曲線美と現代的なクラシックを併せ持つスタイルは男女を問わず、エレガントな装いから休日のカジュアルにも大人の気品を添える。タイムレスな魅力は、けっしてトレンドに流されることのない自分らしさになっていくことだろう。


マルタ・マニュアルワインディング
82230/000R-9963

日付表示を省いたフェイスがフォルムをよりドレッシーに演出する。約65時間のパワーリザーブを備え、シースルーバックからはジュネーブ・シールを取得する美しい仕上げが楽しめる。手巻き。18KPG(42×36.7mm)。3気圧防水。
価格:4,026,000円 税込

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マルタ・マニュアルワインディング
81515/000R-9892

ベゼルには50個のラウンドカットダイヤモンドをセッティングし、曲線美をさらに際立たせる。ケースも7.72㎜の薄型に抑え、手首のカーブに心地良く馴染む。ジュネーブ・シール取得。手巻き。18KPG(34.4×28.4mm)。3気圧防水。
価格:5,192,000 税込

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柴田 充 / Mitsuru Shibata

ライター/時計ジャーナリスト。コピーライター、編集者を経て、フリーランスライターに。広告制作や編集他、時計専門誌やメンズライフスタイル誌、デジタルマガジンなどで執筆中。




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