A.LANGE & SOHNE / A.ランゲ&ゾーネ

蘇った名ブランド,ランゲ&ゾーネの歴史

A.ランゲ&ゾーネの復活

高級腕時計のひとつA.ランゲ&ゾーネは、ドイツに本拠地を置き、日本を含め世界的に展開を行っています。1994年の復活からわずか10数年で世界3大ブランドと肩を並べるまでの存在になりました。グラスヒュッテの伝統的な作りと、ハンドメイドが生み出す珠玉の名品は、いつかは欲しい腕時計と言われています。

1845年、優秀な時計師であるフェルディナンド・アドルフ・ランゲがドイツ ザクセン州グラスヒュッテに時計工房を開いたのが歴史の始まりです。

先駆的な彼は、専門の分野を担当する分業制や、ヨーロッパで初めて時計製作にメートル法を導入します。ブランドの意匠である4分の3プレートも、20年以上の歳月をかけて開発。また、人望や功績により町長や国会議員を務め、今でも続くグラスヒュッテ地方の時計作りに多大な貢献を果たしています。

人柄を表すエピソードとして、彼の功績を認めたザクセン国王から貴族の称号を与えられることになったのですが、その申出を辞退しています。彼はその時「人の高貴さはその行いにあり」という言葉を残したそうです。

1875年、アドルフ・ランゲが亡くなると、二人の息子たちが経営を引き継ぐことになります。1930年、息子の一人、リヒャルト・ランゲは「時計ゼンマイ用金属合金」という特許を出願。後の「ニバロックスヒゲゼンマイ」として現代の機械式時計に広く受け継がれています。

第一次世界大戦、世界恐慌と苦難を乗り越えましたが、1945年、第二次世界大戦の空襲で本社工場は全壊します。さらに1948年には、東ドイツ政府に接収され国有化。4代目ウォルター・ランゲは西側に亡命し、ブランド名はその後40年以上歴史の表舞台から消えてしまいます。

時は流れ1990年、ドイツ統一に伴いドイツ時計復興に情熱を注いだマンネスマン・グループのギュンター・ブルムラインが登場します。彼は当時グループ傘下のIWCとJLCの社長をしており、危機的状況のIWCとJLCを立て直した名経営者でした。ギュンター・ブルムラインはウォルター・ランゲを探し出しA.ランゲ&ゾーネの復活に奔走します。彼は「ランゲの時計というのは総合芸術作品だ。長い歴史、社員の高級時計に注ぐ情熱、ランゲの様式、伝統に対する責任感、そして他社には無い技術力と守り続けている手工芸の技が時計に集約されている」と惚れ込み、ウォルター・ランゲと共にブランドを再建させました。

1990年12月7日に、念願のA.ランゲ&ゾーネを商標登録。4年後の1994年に早くも第一コレクションが発表されます。

ウォルター・ランゲの言葉を借りれば「ブルムラインは最大の協力者であり、彼がいなければ、再出発は不可能だった」と語っています。

洋銀製の地板、手彫りのエングレービング、ビス止め式ゴールドシャトンなど、グラスヒュッテ伝統の時計作りは素晴らしく、特に鎖引きトゥールビヨンの構造は驚異的であり、その後の時計界に大きな影響を与えています。

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