ランゲ&ゾーネ History - 栄光への道のり

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栄光への道のり
 

アドルフ・ランゲにはリヒャルトとエミールという名の息子がいました。二人は父親譲りの才能で優れた時計師へと成長し、アドルフ・ランゲが急死する直前に会社の運営と技術開発を引き継いでいます。二人の息子が経営に参加したことで、後に世界に知れ渡ることになるブランド名"A.ランゲ&ゾーネ"(=A.ランゲと息子たち)が1868年に誕生したのです。製造規模が大きくなり、従業員も増えてゆくと、それまでの工房では手狭となって、新しい社屋の建設が必要になります。ランゲ一家の住居も兼ねた新しい工房の建物は、いつしか"本社"と呼ばれるようになり、一族の歴史に残るものとなりました。

 ドイツ帝国が1871年に成立したことに伴い、ドイツ全土に経済繁栄の時代が訪れます。人々がしだいに裕福になるにつれて贅沢品の需要が増し、複雑機構を備えた豪華な時計にも人気が集まるようになりました。こうして、その後40年の間続くことになる"A.ランゲ&ゾーネ"の黄金時代が到来します。

 ドイツ帝国の皇帝ヴィルヘルム二世も、1898年に贅沢を尽した懐中時計をA.ランゲ&ゾーネに注文しています。皇帝は、オスマントルコ帝国を訪問した際に、この時計をスルタン・アブドゥル・ハミッド二世に贈呈しました。現在この時計は、イスタンブールのトプカピ宮殿にある博物館に展示されています。

 1900年パリで開催された万国博覧会に、エミール・ランゲは審査員として招待されました。彼が審査対象外の参考作品として出品した"百年紀記念トゥールビヨン"には、エナメル細密画で女神ミネルヴァが描かれています。その90年後に行われたオークションで、この時計には150万マルクの値段がつきました。万博の2年後には、時計の製造に関する大きな功績に対し、フランスの勲章レジョンドヌール騎士十字章を彼は受章しています。

 
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